円福山 豊川閣 妙厳寺(豊川稲荷)
写真出典:フォト蔵
豊川稲荷といえば
日本三大稲荷の一つ。境内の鎮守。霊狐塚。千本幟。参籠(さんろう)祈祷。
ご由緒
嘉吉元年(1441年)、曹洞宗法王派(寒巌派)の東海義易によって創建。室町時代末期、今川義元が伽藍を 整備した。当時は、豊川の近くに広がる円福ヶ丘という高台に伽藍があったが、元禄年間までに現在地に移転した。 現存する諸堂は江戸時代末期から近代の再建である。
■日本三大稲荷
各寺社にて3大稲荷・5大稲荷を名乗っているところがあり、
伏見稲荷大社(京都市伏見区)・笠間稲荷神社
(茨城県笠間市)・祐徳稲荷神社(佐賀県鹿島市)の3神社をはじめ
伏見稲荷大社(京都市伏見区)・豊川稲荷(愛知県豊川市)・最上稲荷(岡山市北区)の説もある。
ウィキペディア 稲荷神
■境内の鎮守として祀られるだ枳尼天
豊川稲荷の「稲荷」とは、境内の鎮守として祀られる?枳尼天(だきにてん)のことである。妙厳寺では
「だ枳尼真天」(だきにしんてん)と呼称する。
■霊狐塚
1,000体以上の狐の石像が安置されている。この岩の隙間には、ここを訪れた人が入れた硬貨があり、それを木の枝
などでうまく取り出せるとお金持ちになると言われている。
そのお金はお守りにして、一年後にお金が儲かったら、お礼としてその何倍かの硬貨をこの岩の隙間に隠しに
来るという慣わしが伝承されています。
■千本幟
参道に並ぶ参拝者の願い事が書かれた1,000本の幟。所願成就のご祈祷の幟(のぼり)です。
伽藍
| 総門 | 明治17年4月10日改築。総欅造り、銅板コケラ葺き。門扉は如輪目の欅一枚板の逸品。 |
|---|---|
| 山門 | 當山最古の建造物で天文年間に今川義元公が寄進。昭和29年春に大修理を行いました。 |
| 法堂 | 文化10年春改築。更に天保年間に再建。瓦葺二重屋根、十一間四面の大きさです。 |
| 本殿 | 明治41年起工、昭和5年完成の御祈祷根本道場。総欅造妻入二重屋根三方向拝構造。高さ百尺余り。 |
| 最祥殿 | 當山最大の書院。内部は開いて四百畳敷きの大広間となっています。昭和4年冬竣成。 |
| 宝雲殿 | 本尊に釋迦牟尼佛十三佛を祀り、後壇を檀信徒の位牌堂とする仏事、法要を行う殿堂。 |
| 万堂 | 文久3年建立。かつては御信者が燈明をあげられたお堂で、中央に不動尊を祀る。戦後座禅堂に改修された。 |
| 弘法堂 | 昭和5年春改築。伝にいう御自作弘法大師をお祀りしています。 |
| 大黒堂 | 土蔵造りのお堂で、堂前に立つ石像は、「おさすり大黒天」といわれ、手に触れさすることで 福徳を授かると言われています。撫でる場所は、俵をなでて 食に困らず、小槌をなでて金運を 上げ、袋をなでれば福を呼ぶ御利益にあやかるといわれています。 |
| 景雲門 | 安政5年創建。もとは奥の院拝殿であったが、昭和5年に移転。彫刻は諏訪和四郎の作。 |
| 寺宝館 | 平成5年5月参籠堂趾に完成。当寺伝来の書画仏像等の寺宝を収蔵、展示公開しています。 |
| 奥の院 | 文化11年建立。もと本殿の拝殿であったのを昭和5年の改築に際して奥の院拝殿とした。 |
豊川稲荷別院
| 東京別院 | 東京都港区元赤坂1-4-7 唯一の直轄別院、大岡越前守の勧請 |
|---|---|
| 札幌別院 | 祖院:札幌市中央区南7条西4丁目1-1 玉宝禅寺(本尊:豊川ダキニ真天)
本院:北海道札幌市清田区北野7条2丁目8−18(本尊:釈迦如来) |
| 横須賀別院 | 神奈川県横須賀市大滝町2-27 徳寿院。 |
| 大阪別院 | 大阪市天王寺区堂ヶ芝1-5-19 観音寺。(本尊:十一面観音) |
| 九州別院 | 福岡市外春日原北町一丁目 東慶院。 |
通信によるご祈祷の申し込み
■■ご祈祷の申し込み
遠方で御来山出来ない方の為に通信による御祈祷受付をいたします。
豊川稲荷 ご祈祷
参籠(さんろう)祈祷
■■ご祈祷の申し込み
参籠(さんろう)とは、お寺に宿泊してお参りをするという意味で、「お籠もり」とも呼ばれます。
お泊まりいただいた翌日の早朝に御祈祷をお受けいただきます。
豊川稲荷 ご祈祷
授与品
■主な授与品
| 学業向上・交通安全・身体堅固お守り | ![]() |
子供のための各種祈願のおまもりです。豊川稲荷のかわいい狐のイラストが特徴です。 写真出典:blog 「ちびくまblog」 |
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