赤山禅院(せきざんぜんいん)
写真出典:yahoo動画検索 赤山禅院
赤山禅院(せきざんぜんいん)といえば
延暦寺の別院(塔頭)の一つ。都七福神(福禄寿)。表鬼門を守る猿。 ぜんそく封じ へちま加持。珠数供養。「五十日(ごとうび、ごとび)」発祥の地。
ご由緒
「赤山」の名は、入唐僧円仁に由来する。円仁は、登州で滞在した赤山法華院に因んだ禅院の建立を発願したが、 果たせないままに没した。その遺言により安慧が、赤山大明神(泰山府君)を勧請して建立したのが、 赤山禅院である。 赤山禅院は、平安京の東北にあり、表鬼門に当たることから、赤山大明神は、 皇城の表鬼門の鎮守としてまつられました。
■延暦寺の別院(塔頭)の一つ
比叡山延暦寺の千日回峰行においては、そのうち100日の間、比叡山から雲母坂を登降する「赤山苦行」と
称する荒行がある。これは、赤山大明神に対して花を供するために、毎日、
比叡山中の行者道に倍する山道を高下するもの。
■都七福神(福禄寿)
室町時代に京都で最初に七福神信仰がおこり、それが次第に日本各地に拡がっていったといわれている。
日本最古 都七福神
■表鬼門を守る猿
表鬼門を守護するしるしとして、赤山禅院の拝殿の屋根には、鬼門除けの猿が置かれています。
猿(申)は、鬼門とは反対の方角である西南西を指すことから、邪気を払う力があるとされます。
赤山大明神のお札を持ち帰って家に貼ると鬼門除けになると言われるようになりました。
■ぜんそく封じ へちま加持
大阿闍梨が、へちまにぜんそくや気管支炎を封じ込め、加持・祈祷を行います。
赤山禅院には毎年、無病息災を祈って、多くの方が集まられます。
遠方のため、当日ご参詣になれない方は、赤山禅院へお問い合わせください。
「へちま加持」御牘などをお送りすることができます。
■珠数供養
珠数(数珠)は、私たちが仏様にお参りするときに使う法具のひとつです。仏に念ずるときに用いる珠という
意味から「念珠(ねんじゅ)」とも呼ばれます。
傷んだり、使わなくなった珠数は、簡単に捨てるのではなく、大阿闍梨の祈祷をもって炎によるお浄め「お焚きあげ」
を行います。
■「五十日(ごとうび、ごとび)」発祥の地
昔から商売では、これらの日に決済を行うことが多く「五十払い(ごとばらい)」といわれる商習慣となっています。
かつて、一年の中でもめったにない「申の日」の五日に赤山禅院に詣でると吉運に恵まれる、という評判が立ち、
江戸時代になると、「赤山さんは、掛け寄せ(集金)の神さんや」と言われるようになりました。
現在も、商売繁盛を願って、集金の前にお参りをされる方々が見られます。
境内
| 境内 | |
|---|---|
| 本殿 | 本殿には本尊の赤山大明神が、皇城表鬼門の鎮守としてまつられています。赤山大明神は、 唐の赤山にあった泰山府君を、慈覚大師 円仁の遺命によって勧請したものです。 |
| 鳥居 | 「赤山大明神」の額は、後水尾天皇の行幸の際に賜った勅額です。(複製) |
| 拝殿 | 屋根の上には、鬼門除けの猿。御幣とかぐら鈴を持ち、皇城(京都御所)を守護しています。 かつて夜な夜な悪さをしたため、逃げ出さないよう金網の中に入れられていると言われます。 |
| 地蔵堂 | 赤山大明神は、地蔵菩薩の化身であるとされます。そこで赤山禅院には地蔵菩薩をまつるお堂があります。 |
| 弁財天 | 日本では古く奈良時代から仏として信仰され、また七福神の一神としても知られています。 赤山の弁財天は「出世弁財天」として信仰されています。 |
| 福禄寿殿 | 都七福神の一神、福禄寿神をまつります。七福神の御朱印はこちらで受け付けています。 |
| 相生社 | 縁結びの神として知られます。2つの鳥居が並んでいるのは、
夫婦鳥居と呼ばれ、手をつないで通った二人は結ばれるとの言い伝えがあります。
また、相生社の絵馬は「おしどり絵馬」として知られます。 |
| 不動堂 | 比叡山延暦寺と赤山禅院を結ぶ雲母坂(きららざか)にあった雲母寺(うんもじ)の本堂と
本尊・不動明王が移されたものです。 現在も不動堂では、伝統に則り、大阿闍梨が護摩供を行います。 |
| 正念誦・還念珠 | 順路通りに参拝された方は、2度、大きな珠数をくぐることになります。これは「正念誦(しょうねんじゅ)」
「還念珠(かんねんじゅ)」という密教の重要な考え方を示したものです。 最初の珠数をくぐりながら、心にうかんだ願いについて、参拝の間、思い続けてください。そして、 最後の還念珠をくぐりながら、やはりその願いが大切だと考えるなら、 その願いに向けてあなたが努力をすることを誓い、仏さまに力をかしてくださるよう祈ってください。 きっと、ご加護があることでしょう。 |






