文殊院(徳盛寺)
写真出典:ウィキペディア 文殊院徳盛寺
文殊院といえば
因縁切護摩法要。伊予七福神・毘沙門天。
ご由緒
伝承によれば、徳盛寺と呼ばれていたが、平安時代初期の天長元年(824年) に空海(弘法大師)が文殊菩薩に導かれてこの地に逗留し文殊院と改めたと言われている。
■因縁切護摩法要
弘法大師が衛門三郎の子供の供養と共に、悪因縁切の御修法をなさった四国唯一のお寺。
■伊予七福神
伊予七福神としての毘沙門天が祀られている。
写真出典:ウィキペディア 文殊院徳盛寺
因縁切護摩法要。伊予七福神・毘沙門天。
伝承によれば、徳盛寺と呼ばれていたが、平安時代初期の天長元年(824年) に空海(弘法大師)が文殊菩薩に導かれてこの地に逗留し文殊院と改めたと言われている。
■因縁切護摩法要
弘法大師が衛門三郎の子供の供養と共に、悪因縁切の御修法をなさった四国唯一のお寺。
■伊予七福神
伊予七福神としての毘沙門天が祀られている。
真言宗醍醐派
大法山
(伝)天長元年(824年・平安時代)
災難除け・商売繁盛など
悪因縁切・無病息災・交通安全・家内安全など
地蔵菩薩
文殊菩薩
弘法大師
(伝)空海(弘法大師)
四国八十八箇所番外
四国別格二十霊場9番
伊予巡錫二十一霊場15番
伊予七福神(毘沙門天)
愛媛県松山市恵原町308